ドリーム小説
疲れすぎて、眠れなかった。
は盛大なあくびを零す。
昨日はあれから夜明け近くまで、井戸を調べたり、水準測定をしたりと、ナルにこき使われっぱなしで。
凝り固まった身体をほぐしながら歩いていると、
ナルは寝ぼけ眼で、――大層寝起きが悪いというのに――車に集まった人たちへグラフに示しているところだった。
「水準測定器のグラフ。旧校舎はゆうべ一晩で最大0,2インチ以上沈んでいる――地盤沈下だ」
「なにぃ!?」
あんぐりと口を開ける法正。
綾子は覗き込むように見ると、眉根を寄せた。
「じゃぁ何?あの怪現象の原因はそれだってワケ?」
「このあたり一体は、湿地を埋め立ててできた土地なんだ。チェックした井戸の数からすると、この学校の真下をかなり大きな水脈が通っているらしい。二つの井戸が今も残っていたが、水量の確認をしたら、両方とも殆どかれかけていた。・・・そういうことだ」
はい、お終い。
淡々と終えたナルに、麻衣は険しい顔をした。
「どう言う事さ?」
「・・・だから。ここは湿地を埋め立てた場所だから、もともと地盤が弱い。そこに枯れかけた地下水脈。そのせいで地盤沈下がおきた。とくに激しいのがこのあたり、建物の一方が急速に沈んでいるせいで、あちこちにねじれやひずみが出来ている」
「なんてこった。じゃぁイスが動いたり、屋根が落ちたりってのはそのせいなワケか」
「そう。あの教室は西側の床が東側より3インチも低かった」
「3インチ・・・7センチ半ってところか」
数日間出入りした場所だったが、図ってみるとこの建物はとてつもなく歪んでいた。
夕べの驚きを思い返していると、急激な睡魔に襲われ、は眠気覚ましに頬を叩く。
「じゃぁあのラップ音・・・」
「ラップ音じゃなく、実際に建物がひずんでいる音だろうな。 旧校舎付近は立ち入り禁止にしてもらったほうがいい。 ――この建物は、遠からず倒壊するだろう」
ゆっくりと旧校舎へ向かい歩き出したナルに続き、麻衣が歩を進める。 は後を追うと「おはよ」と肩を叩いた。
「そんな、じゃぁアタシが襲われたのは!?」
「・・・たぶん、君についてきた浮幽霊のしわざだろうな」
が帰ったあと撤退準備までしたのだろう。もぬけの殻になったベースを見渡して、麻衣はほんの少しだけ、声に寂しさをにじませた。
「そんで?ナルはどうすんの、帰るの?」
「ああ、仕事はおわったからな」
「あー・・・そっか、そうだわな」
麻衣の表情は釈然としない。
「・・・霊はいると思うけどな」
ぽつりと、黒田が零す。
「いない。調査の結果も完全にシロだと出ている」
「あなたには分からないだけかも知れないでしょ!?」
ついとナルは冷めた視線を向けた。
「では君が除霊をすればいい。僕は自分の仕事はおわったと判断したからかえるだけだ」
そもそもとしては、ナル自身が譲歩をしない限り口で勝てる人間はほぼ居ないと思っているので、下唇を噛みしめた黒田には何の感慨も覚えない。
ただ。
「・・・残念だな、なんか夢が消えちゃった気分」
麻衣のそのひとことが、の意識を引き戻した。
「なんだって?」
「学校の片隅に、いかにもなんかありそうな古い校舎があって、幽霊が出るなんてうわさがあって・・・って、一種のロマンじゃない?ホントに人が死んじゃったりしたら嫌だけど、無害な怪談ならあったほうがいいもん」
「・・・麻衣・・・」
怪談話しが大好きな彼女は、怖い怖いと言いながらも瞳を輝かせていた。
自分と対照的な彼女、素直な彼女、だからこそ感じた魅力に、は無意識のうちにナルを見ていた。
「・・・そんなものかな」
似たような感覚を覚えているに違いない、どこか遠い目のナルが少し、笑う。
ピシ
「!?」
窓が裂ける。
途端に壁まで走った切れ目に、旧校舎はギシギシと軋みをあげた。
しゃがみ込んだ黒田に麻衣が駆け寄ろうとしたとき、
「・・・なに、これ・・・誰かが叩いてる・・・」
「・・・倒壊する?」
いや、この音は違う。
ぞわりと背筋を撫ぜるような戦慄には一人でに閉まったドアを睨んだ。
「ポルターガイスト・・・ナル!!」
は駆け出すと、割れた窓ガラスを叩いて落とす。頷いたナルが麻衣の手を引っ掴み、黒田と麻衣を連れ飛び出した。各々旧校舎から転がるように逃げ出す。
「外へ出ろ!この校舎はもろいんだ!」
【悪霊がいっぱい!? 9】
「今のはなんだ?あれも地盤沈下のせいだってのか!?立派なポルターガイストじゃねえか!!」
「建物がゆがんだ音どころか、ぜったい誰かが壁をたたく音だったわよ!」
「それにしちゃハデすぎたがな、巨人でもいたんじゃねえのか?」
「校舎を沈めてるのはそいつかもねえ・・・バッカバカし!もう少しで子どもの冗談にひっかかるトコだったわ」
「せめて俺達だけでもしっかりしようぜ」
綾子と法生は言いたいだけ言うと、そっぽを向いて歩いていく。
「なあにぃあれ!こんな時ばっか仲良くしちゃって・・・」
苦いものを噛んだような顔をした麻衣は、血に濡れたナルの拳を見下ろした。
「ナル、手――」
「ああ、たいしたことはない。すぐに乾く」
「でも、て、手当てしないと」
「黒田さんを見てやれ」
言葉に詰まる麻衣。
背を向けたまま、ナルは絞るように声を出した。
「今は、ほうってくれたほうがありがたい。自己嫌悪で吐き気がしそうだ」
「・・・うん」
麻衣がうつむく。
は盛大な息をつくと、ナルの手を後ろ背に引っ張った。強制的にこちらを向かされたナルが口を開く前に、乾いた音が鳴り響く。
「!?」
叩かれた頬が瞬時に朱へ染まり、ナルは目を見開いた。
「しっかりなさい」
言うと、麻衣の手からハンカチを取って傷口に結ぶ。
「こう言う時は、女の子の好意を素直に受け取るもんでしょう。
あの校舎に霊は居ないし、ゆがみは地盤沈下のせい。
自己嫌悪で吐きそうなら吐いたらいいわ、だけどこれだけは忘れないで――あの校舎に霊は居ないのよ、ナル」
ナルの黒い瞳にが揺れる。瞬きを忘れたように立ち尽くした彼は、ふと、声をあげた。
「・・・そうか、霊は居ない」
「そうよ、霊は居ないの」
小走りに歩きだしたナルを追いかけようとした麻衣を引き留めて、は腕を捲った。
「大丈夫、心配しなくても戻ってくるわ。
黒田さんも今日はもう帰ったほうがいいと思う。
麻衣、私達はとりあえず残った機材の片付けをしましょう、それから一応、レコーダーのセットを。ジョンも手伝ってくれる?」
え、と声をあげた黒田に言うか、言わないか。
迷ったは緩く頭を振る。
「帰って、貴方は少し休んだ方がいいわ。黒田さん」